明日も晴れたら

2019年1月出産予定の初マタの妊娠生活です。→2018年12月30日に娘が生まれました。/たまに関係ないことも書きます。

胎教やらない妊婦もいます

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胎教というとお腹の赤ちゃんへの英才教育とか、コミュニケーションとかいろいろ言われていますよね。
お母さんの精神安定とか。
今日はそんな胎教について書きたいと思います。

胎教の種類

ひとえに胎教と言っても調べると様々な種類があるものですね。

・音楽を聴かせる
・話しかける
・絵本の読み聞かせ
・キックゲーム
 etc...

どれも想像すると日の当たる場所で綺麗なお母さんがゆったりリラックスして行なっているイメージがあります。

音楽を聴かせる、キックゲームは中期の頃は稀にやっていました。

スマホやiPodをお腹に乗せて好きな曲をかけたり。

普通はお腹に乗せないのかな。
でも聴こえないと意味ないよなと横になって乗せていました。

キックゲームも、5回に1回くらいは返してくれたような気がします。

それも最初のうちだけで、中期後半~後期になると考える事や準備することで多少忙しくなり、最早やっていません

なんだか気恥ずかしい

中でも、お腹に話しかけたり絵本の読み聞かせなど、自分が声を発してやらないといけないものは、日中1人でいる自分にとっては割りとハードルが高いものです。

1人でテレビを観ている時でさえ笑い声さえ上げど、突っ込んだりなどは絶対にしない私です。

独り言も言わないですし。

「今日は良い天気だね」
「おはよう」
「おやすみ」

だけで良いのです、とネットに書かれていたところでそれすらなんだか恥ずかしい。

夫はそこら辺に羞恥心がないのか、はたまた自分のお腹にいるわけじゃないから感覚が違うのか、初期から今でもよく話しかけています

胎児ネームはやたらピクピクとした動きが多かったので【ピクちゃん】なんですが、「ピクちゃ~ん」「元気にしてたか~」など、どことなく親戚のおじさんのような感じで話しかけています。

一時は胎教が出来ない自分に悩みました。

母親として赤ちゃんに話しかける事も出来ないのはダメ親かも、とか。

ネットで【胎教 しない】【胎教 しないとだめ】など何度も調べました。

出てくるのは、「おはようの一言でも良いんです」「胎教で子どもが素直に育つ」「話しかけないなんて赤ちゃん可哀想」など、グサッとささるものが多く…。

しないのは少数派な気がしました。

赤ちゃんの為を想って行なう行為全てが胎教

ですが、中期から後期に入り、心に余裕が出来たのか、別にしなかったところで私がこの子の親であることに変わりはないし、生まれたあとにうんと可愛がってあげれば良いじゃないか、と開き直りました。

赤ちゃんの為に規則正しい生活をしたり、出来るだけ野菜を食べてみたり、転ばないように気を付けたり、つわりの苦しみや骨盤の痛みに耐えたり…。

それって全て胎教のような気がします。

開き直っていると捉えられそうですが、まあそうです(笑)

無理してストレス溜めるくらいなら違うことで赤ちゃんに愛を伝える!

それで良いと思います。


終わり。